在ジュネーブ日本政府代表部:嘉治美佐子大使

0 件のコメント

 今回、JSAGは特別インタビューとして、 在ジュネーブ日本政府代表部の嘉治美佐子大使にお話を伺いました。嘉治大使は1981年に外務省に入省緒方貞子さんの特別顧問として国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に出向された他、ニューヨークの国連日本政府代表部公使を務めるなど、国際機関と深く関わってこられました。昨年9月には「国際社会で働く: 国連の現場から見える世界」(NTT出版)を出版されましたが,ジュネーブ代表部でも、国際機関の邦人職員増強に力を入れておられます。(聞き手:JSAG世話人、黒岩揺光、森山)  

黒岩:大使は著書で、国際社会で働く人にとって大事なこととして、 「日本語や日本の持つ比類のない独自性を大切にし、自然に体現できること」と書かれています。

大使:日本の独自性は色々あると思います。身近な例では,財布をなくしても、中身が入ったまま戻ってくるような社会の安定性が挙げられますね。意味を体現する「漢字」をベースにした言語もそうですね。1年前まで2年間外務省から大学に出向したのですが、そのキャンパスには、「アドミニストレーション棟」という表札のある建物がありました。その下に書いてある英訳は必要だと思いますが、漢字で「事務棟」と書けばよいものを,と思いました。日本に留学して来る人たちは、漢字をはじめとする日本の言語や文化に何らかの憧れを持って来ていることも多いのでしょう。二千年来の歴史を持つ意味を体する日本の言語を使わず、社会一般に判り易い言葉でもないカタカナの表現を使うことには、大きな疑問符が付くと思います。

自然災害に対する知識や経験もまた日本の独自性の一つと言えるのではないでしょうか。日本は歴史的に災害多発国であり,災害の予防に多くの知見を蓄積し,体制を整えてきた世界有数の国であると言えるでしょう。そのため,子供の頃から避難訓練をやっているし、建物の耐震化も進んでいるなど、防災に関しては世界をリードする多くの知見があります。今年3月に仙台で行われた国連防災世界会議は,187もの国々が参加し,大成功に終わりました。

それから,和食。これもまた忘れてはならない独自性でしょうね。今では「SUSHI」って言ったら、世界のほとんどの所で通じますね。パーティーにお寿司を持っていけば、それだけで他の国の方々から喜ばれる。そういう意味で、日本人は得していると思います。

黒岩:私も、同僚のお別れ会で、自分で作った寿司を持って行ったら、とても喜ばれました。

大使:そうでしょ。30年前だったら、「生魚を食べるなんて」「海苔sea weed)なんて」というイメージがあったと思いますが、今では、「和食(Washoku)」はユネスコ無形文化遺産になるくらい世界での市民権を得ています。

森山:UNHCRで勤務されたときの印象に残るエピソードを共有いただけますでしょうか?

大使:最も強く印象に残っていることは、UNHCRに着任した直後に、西ティーモールでスタッフが襲われて殺害されたことでした。殉職した同僚を弔うために、UNHCR本部の一階が真っ白な花で埋め尽くされました。人道支援活動のために紛争地域に展開する国際機関の要員は、青い国連旗や赤十字・赤新月のマークに守られて、攻撃の対象になることはない、なってはいけないはずでした。しかし、「国際社会」の名の下に現場にいる要員は、現地の人の目からは中立性を持った存在に見られない、という厳しい現実を突きつけられたのです。グローバル化が進み、人道危機が拡大する現代の国際社会においては、国際機関のスタッフの犠牲、しかも流れ弾に当たる事故に遭うだけではなく、こともあろうに標的や人質にされる、という問題は深刻化しています。

黒岩:今日の国際機関に期待することは何でしょうか。

大使:国際機関には、しっかりしたコスト感覚を身に付けてほしいですね。多くの国際機関があって、そのコーディネーションに多大な資金と労力を使っているような印象を受けます。改めてその運営資金は各国からの血税であるということを認識しながら仕事をしてほしいと思います。

黒岩:邦人職員や国際機関を目指す人に期待することは何でしょうか。

大使:国際機関を目指す人には、まず、専門性を発揮せよ、と言いたいです。医療でも、教育でも、行政でも、環境でも、安全保障でも、プロ同士が集まると、共通の言語で話すことが出来、信頼関係も生まれます。自分の持っている知見、技術、情熱を投入すると、同じ知見と技術と情熱を持った知らない国の人たちと響き合って,さらに大きな力を発揮することもあるのです。

また、国際機関は阿漕(あこぎ)な国際社会を反映して、しばしば阿漕です。日本にあるようなぬるま湯はめったにありません。食うか食われるかという環境からのし上がって来て国際機関のポストを得ている人もたくさんいます。ただ,そのような中でも、日本人の,時間を守る、約束を守る、という姿勢やモラルに対する評価は、多くの現場で静かに広がって来ています。お人好しでは泳いでいけないけれど、臆することなく日本らしさを発揮するとよいと思います。

国際機関では、理想に燃えた人たちが何時も正しい判断をしているわけではありません。期待感があまりに高いと,入ってすぐに夢破れて辞めてしまう人もいます。どのような分野で働いていても、貧困撲滅のために追求すべきは、結果の平等か、機会の平等か、人権保護のために必要なのは、国家主権の尊重か、人道的介入か、といった答えの出にくい課題に突き当たってしまうのが現実なのです。
いずれにしても国際機関の仕事は大きな挑戦であるということに変わりはありません。一度しかない人生,そういう大きな挑戦に関わることを楽しいと思う人は大変頼もしいですね。

黒岩:国際機関で働く邦人職員の数が2001年の485人から、現在779人にまで増え、日本政府は2025年までに1000人に増強することを掲げています。なぜ近年、「邦人職員増強」が大きく掲げられるようになったのでしょうか?

大使:これは何も今に始まったことではありません。20年以上前から言われています。また、自分の国の職員を増やそうとしているのは日本に限ったことではありません。あらゆる国がせめぎあって、幹部ポストを奪おうとしています。そうなると、どうしても弱肉強食の社会になるから、ルールを作りましょうということになりました。人口や拠出金などを基にして、それぞれの国にとって「望ましい職員数」を割り出して、それを目処に、下回っている国に国連競争試験の受験資格を与えるなどのシステムができました。そして、日本はずっと、「望ましい職員数」に達していない状態が続いています。つまり、国際機関にお金はたくさん出しているが、それに見合った人材貢献ができていないということです。

森山:日本人の職員数が少ないことは、日本の主張や立場を的確に理解されないことにつながりうるとの指摘があります。 邦人職員がいたことで、国の主張が通ったという具体的な例などはありますでしょうか?

大使:主張が通るというよりも、日本の貢献度が上がると言う方が適当かもしれません。ご承知のように、国際機関職員は、出身国の利害のためでなく、その機関の付託事項、追求する大義(Cause)のために働くことを旨としています。このため、国際機関に邦人職員がいたがために、関連事項で日本の主張が通りやすくなるという直接の効果を表だって期待するのは筋違いでしょう。他方、日本にある知見や経験が活かされるような分野で、国内にも国際機関にも専門的知識を持つ邦人職員がいれば、コミュニケーションがとりやすいということもありますね。日本の役所、法人、NGOと国際機関の間で自由に人材が出入りできるようになれば、理想的だと思います。

黒岩:最後にJSAGへのメッセージをお願いします。


大使:ジュネーブには様々な国際機関があるので、そこで働く人たちが垣根を越えて出会える場があるというのはとても良いことだと思います。普通なら自分の機関の人とネットワークを作れば良いと思うかもしれないけれど、全く違う分野の機関に勤める人と話して見識を広げるというのは大事なことだと思います。ある国の同僚と出会って、その国であった紛争について少しでも知識があったら、その同僚に与える第一印象というのは大分変わると思います。響き合う輪が広がっていくことを期待しています。

(注)インタビューの内容については、個人的な見解であり,所属組織の公式見解ではない旨、ご了承ください。

嘉治美佐子[カジミサコ] 
1981年3月東京大学経済学部卒業後、外務省入省。オックスフォード大学修士。在英日本大使館、欧州連合日本政府代表部、在ベトナム日本大使館、国際連合日本政府代表部、UNHCR、総理官邸に勤務。外務省人権人道課長、儀典総括官、中東アフリカ局審議官などを歴任。2012年、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻兼人間の安全保障プログラムの教授に就任。2014年から在ジュネーブ国際機関日本政府代表部次席常駐代表・大使


0 件のコメント :

コメントを投稿